【ジョブコーチ編】NS(ナチュラルサポート)とは? メリット・形成のポイント・注意点


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障害者の就労支援を行うジョブコーチの方々には「ナチュラルサポート」という言葉をご存じの方が多いでしょう。障害をもつ従業員が安定的に働けるようになるために不可欠なものですが、安定して機能させるのは簡単なことではありません。実際の事例に基づく研究結果から、ナチュラルサポート形成のポイントを解説します。

NS(ナチュラルサポート)とは? なぜ必要? NS形成の要素とメリット

障害者の就労支援において、職場の上司や同僚などが障害のある従業員をサポートすることを「ナチュラルサポート」(以下、NS)と呼びます。

NSとは具体的に何をすることなのでしょうか。また、NSができるようになることでどのようなメリットがあるのでしょうか。「障害者職業総合センター」(以下、NIVR)の研究報告書に基づいて、一緒に見ていきましょう。

NSの定義とジョブコーチが担うNS形成の意義

NSとは、大まかに言えば「職場における上司や同僚等からの、障害のある従業員へのサポート」のことです。特に日本では、ジョブコーチなどの支援者が、支援対象となる事業所の上司や同僚、支援対象者である障害者と関わりながらさまざまな調整を行いつつ、職場に障害者へのNSが安定して行われる体制を作っていくことが求められています。

職場にはそれぞれ「こんな仕事をこのレベルでやってほしい」という要求水準があるもの。しかし、障害をもつ従業員のスキルや特性によっては、本人だけではその水準に合った仕事ができない場合があります。

そうした職場の要求と障害を持つ従業員の能力のギャップを埋めるのに必要なのが、NSです。NSがきちんと行われる体制づくりを行い、安定的に維持できる環境整備等を行うことを「NS形成」といいます。障害をもつ従業員の職場定着にあたり、とても重要なポイントです。

NS形成の必要性、重要性を理解するには、逆の視点から見ることも効果的でしょう。

もしNS形成ができない場合、障害をもつ従業員のサポートをジョブコーチなどの就労支援者だけが行うことになります。すると、障害をもつ方や事業所からジョブコーチへの必要以上の依存が発生し、なかなかジョブコーチが職場から撤退できなくなってしまいます。

その結果生じるのは、支援できる事業所や障害者の減少、あるいは個々の支援対象者への支援が十分にできないといった事態。ジョブコーチが支援対象となる職場から撤退できずに1対1の支援を長期間続ければ、費用対効果の面でも大きな問題となり得ます。

より多くの対象者に支援を行い、より多くの障害をもつ方が職場定着をしていくためには、積極的なNS形成が必要なのです。

NS形成に関わる要素とNS形成後のメリット

NS形成には、さまざまな要素が関わります。NIVRの研究報告書では、NS形成において以下の6つの要素が相互作用していると説明されました。

<NS形成に関係する要素>

  • 障害者個人の特性
  • 入職の方法
  • ジョブコーチ等の外部専門家の介入方法
  • 職場の文化
  • 仕事の環境デザイン
  • 社会的インクルージョンの程度

NS形成が達成されている職場では、こうした要素が関わり合いながら、支援者・事業所・障害者の間で「良い循環」が発生し、定着するようになります(「良い循環」については後述)。それによって障害をもつ本人にもたらされるメリットは、次のようなものです。

<NS形成が行われたことで生まれるメリット>

  • 障害を持つ従業員本人の満足度が向上する
  • 障害を持つ従業員の作業能力が向上する
  • 障害をもつ従業員の賞与、昇進に良い影響がある
  • 最終的に、障害をもつ従業員本人のQOL(生活の質)が向上する

同時に、NS形成が達成されると事業所にとっても、大きなコストをかけずに自然なサポートができるというサポートの安定化、「ルーティン化」が起こると研究報告書は述べました。障害をもつ従業員へのサポートについて職場での負担感が軽減されることも、NS形成によるメリットのひとつと考えてよいでしょう。

NS形成の成功のための4つのポイント

ここからは、職場でのNS形成ができた29事例に基づく研究結果から、成功ポイントを見ていきましょう。今回は、NS形成が成功した主な流れに基づき、4つのステップに分けて解説します。

なお、研究における調査は、職業リハビリテーション関連業務で3年以上の経験をもつ障害者職業カウンセラー8名およびジョブコーチ17名でのインタビューという形で行われました。

NS形成が成功する主な流れ、支援開始時の悪循環を知る

NS形成が成功する場合の主な流れは、職場での状況の観察する、企業による組織的関与を求める、支援の方向性を共有するといったジョブコーチ等の活動により、障害をもつ従業員と事業所の間に「良い循環」をつくる、それを安定化させるといったものです。

今回の事例で多くのジョブコーチが事業所での支援を始めたときに直面したのは、障害者と事業所の間に「悪循環」が発生していること、それが長期化していることでした。

具体的には、

  1. 障害者の特性に対して職場が十分なサポートを提供していない、放置している
  2. それによって、障害者本人が職場に適応できない
  3. 障害をもつ従業員が仕事を出来ない状態が続く
  4. その結果、また職場のあまり良くない感情やお互いの疲労感が生じて蓄積していく

といったものです。

職場における悪循環が長期化している要因には、企業による組織的関与の不足もあり得ます。会社の上層部が想定している水準(これくらいやってくれれば大丈夫というレベル)と、現場で求める水準(これくらいやってもらわないと困るというレベル)とのすり合わせがきちんと行われておらず、それによって悪循環が解消されないということです。

ジョブコーチなどの支援者は、こうした職場の悪循環の要因となっている課題に取り組みながら、職場に良い循環を生み出していく必要があります。

支援の方向性を探る・支援者の居場所をつくる・キーパーソンや最適環境を探る

悪循環が長期化している職場にジョブコーチが入ってまず行うのが、状況の観察や情報収集、支援の方向性(妥当な指導目標と効果的で実行可能な支援方法)を探ることです。

悪循環が生じている職場での情報収集には困難が伴うことも多いでしょう。障害をもつ従業員に関する記録が十分でなかったり、そもそも上司や同僚があまり理解していない・知らないために有益な情報を持っていなかったりということもあり得ます。

情報収集をしたり支援を進めたりするには、ジョブコーチなどの支援者がその職場に入っていくことを心理的にも受け入れてもらう必要があります。報告書では、これを「居場所確保」と呼んでいます。

ジョブコーチ等が事業所に居場所確保をするにあたり、調査対象となった支援者の方は

  • ジョブコーチとは何かを説明する
  • 一緒に作業を行う
  • 一般従業員の愚痴を聞いていく

といった方法を採用していました。

ただし、居場所確保はあくまで事業所との関係づくりのひとつのプロセスでしかありません。居場所確保の目的は、その後の職場内で実際に障害者支援の大きな力になってくれるキーパーソン(実質的キーパーソン)や、障害者本人の特性と職場の許容範囲が合う職域・指導方法等(最適環境)を探りやすくすることだからです。

この段階では、ジョブコーチはまだ職場にとって異質な存在のままである可能性もあります。支援で効果が出れば職場からの信頼感がアップするものの、効果が出なければ不信感を抱かれるという、不安定な状況です。

状況の打破のために「投げかける」「引いていく」・新しい方向性を共有する

支援の方向性やキーパーソン、最適環境を探りながらいろいろ試してみても状況が変わらない場合、ジョブコーチは何らかの「状況の打破」につながる活動を行うことになります。

「状況の打破」のための活動は、まず2つに大別されます。1つは、事業所に対して状況を伝えたり、質問・提案をしたり、他の成功事例などの情報を提供したりといった「投げかける」活動。もう1つは、意図的に支援回数や指摘を減らして事業所に「これではうまくいかない、どうすればいいのか」という認識をもってもらう「引いていく」活動です。

「投げかける」活動においては、事業所による現状の理解を促すとともに、ジョブコーチなどの支援者が新たな方向性を示し、共有するという手段もとられます。新たな方向性は、事業所の状況や障害者本人の特性、全体へのメリットを考慮した具体的な提案です。これにより、それまでの作業内容や勤務時間、関わる従業員、役割分担などを大きく変える可能性もあります。

新しい方向性を共有する際は、誰にどのタイミングで共有するかも重要です。最初は管理職と支援者だけで話し合い、決まった内容について現場の一般従業員に了解を得るなどのやり方があります。もし企業としての組織的関与を強めることがNS形成に必要と判断されるなら、人事担当者も話し合いに呼ばなければならないでしょう。

一方、「引いていく」活動では、事業者の障害者雇用に関する考え方を十分に把握した上で行わないと悪循環を強めてしまう恐れがあります。障害をもつ従業員が放置され、悪感情が増すといった事態にならないよう、慎重に進めましょう。

サポートが安定していく

こうした取り組みによって事業所の関わり方が変化し、障害をもつ従業員が少しずつ能力を発揮できるようになれば、NS形成が完成に近づきます。強い働きかけをしなくても、上司や従業員による障害者へのサポートが安定的に行われるようになってくるでしょう。

こうした段階にある職場では、事業所の適切な関わりに対して、障害をもつ従業員がきちんと指示を聞いて作業に取り組むようになる、基本的に単独で作業を行えるようになるといった好ましい変化が見られます。

こうした職場におけるサポートの安定化と障害をもつ従業員の業務習得・スキル向上は良い循環となっていきます。

サポートが安定してきた段階で支援者が担う役割は、

  • 事業所がどう関わるのか
  • 障害をもつ従業員をどのようにサポートするのか
  • 障害をもつ従業員本人のスキルをどのようにしてどの方向性で高めていくのか

といったことについて、明確な方向性を示すこと。この方向性に基づいた支援を報告書では「方向性の明確な支援」と呼んでおり、「妥当な指導目標があり、目標達成に効果的で実行可能な支援方法が明確である状態で、対象者の支援に取り組むこと」としています。

具体的には、障害をもつ従業員の能力や特性に合った作業内容、作業時間を設定するとともに、その作業習得を支援し、不適切な行動を予防するのに必要な措置を講じる(定期報告などの行動習慣の習得支援)などを行います。

また、支援の中で見出した実質的キーパーソンや最適条件がしっかり機能するように確認し、維持することも重要です。それには、実質的キーパーソンが障害をもつ従業員へのサポートを行っていることを承認する、励ます、フィードバックを与えるといったキーパーソン本人への働きかけを行うとともに、キーパーソンと障害をもつ従業員とが定期的に関わる機会を設定しましょう。

なお、NS形成が完成しても事業所側は今後について不安を感じている場合があることは考慮しておかなければなりません。報告書では、支援者が時々事業所に連絡をとり、企業側の不安、障害者側の不安や悩みを把握し、意見交換を行うことを勧めています。

NS形成の注意点1 うまくいかないときはどうする?

以上の流れはNS形成に成功した場合の流れですが、研究で調査した事例はNS形成に成功したものだけではありません。NS形成がうまくいかなかった事例で何が起きていたのか、その要因は何かについても、報告されています。

本項では、報告書で紹介されている4事例から、NS形成がうまくいかない場合の要因や対応ポイントを見ていきましょう。

NS形成が困難なケースでジョブコーチが直面する3つの状況

NIVRの報告書では、NS形成が困難な状況でジョブコーチ等の支援者が直面した状況をいくつか紹介・分析しています。そうした状況とは、なかなか支援の手がかりがつかめず障害者と企業の間の悪循環が強まってしまう、解決が困難な根本的な問題があるといった状況でした。

手がかりがつかめない状況では、たとえば、実質的キーパーソンを決めにくい、事業所から認められない、不安な事業所の雇用管理態度などがあります。

実質的キーパーソンについては、候補者が見つからない場合もあれば、それまで実質的キーパーソンであった人物が異動してしまうという場合もあります。

一方、事業所から認められない状況は、支援を行って何らかの成果が出たにもかかわらず事業所がこれを評価しないというもの。「もっとできるはず」「できないのは本人が悪い」などの評価が続き、なかなか良い循環につながりません。

そして、ジョブコーチによる説明や接し方の指導などが繰り返し行われたにもかかわらず、事業所でなかなか実行を伴った理解につながらない、必要な配慮や接し方を実施しないという不安な事業所の雇用管理態度に直面することもあります。「やればできるのに、これをやらない」「やればできるのに、こういう態度をする」といった声が事業所から聞かれ、支援者は頭を抱えてしまうのです。

解決困難な根本的問題に気づく

これらの状況を解消すべく支援者は活動を進めていきます。ただ、観察を続けたり試行錯誤しながら支援していったりする中で、実はそこに解決困難な根本的問題があることに気づく場合もあります。

報告書の中で根本的な問題として挙げられていたのは、

  • 企業が一体となった取り組みを行わない
  • 障害をもつ従業員と上司や同僚の間に感情的な軋轢がある
  • 価値観や人生観が大きく異なる

といったものでした。

事業所側の要求・価値観・取組不足と障害者側の能力・特性の間のギャップが埋まらず「落としどころ」が決めにくいことが、NS形成がうまくいかない原因となっているのです。

異動や転職の検討が必要な場合もある

NS形成がどうしてもうまくいかない場合、異動や転職といった形で他の環境への移行の検討が必要なこともあるでしょう。

報告書では、具体的に以下の3点がどうしても解決しないときには、他の環境への移行を検討するほうがよいとしています。

<他の環境への移行を検討する3つの状況>
※以下全てがどうしても解決しない場合は検討する必要あり

  • 実質的キーパーソンがどうしても見つからない
  • 対象者の特性に適した指示を事業所が行わない
  • 障害者の行動・態度の改善を事業所が認めない

ただ、前項で述べた解決困難な根本要因は初期からすぐに見えるものではありません。こうした要因は、手がかりのない状況での支援を続ける中で見出されるもの。すぐに異動や転職を検討することは推奨されていません。

NS形成の注意点2 実質的キーパーソンの最低限の役割

最後に、これまで見てきたNS形成の鍵を握る実質的キーパーソンが担うべき最低限の役割を確認しておきましょう。

実質的キーパーソンが担える役割は多くありますが、その中で「これだけは必要」というものが3つあります。

<実質的キーパーソンの最低限の役割>

  • 障害をもつ従業員に批判的な同僚に対する緩衝材になること
  • 障害・行動特性等を理解し、ある程度の配慮が必要であることを受け入れること
  • ジョブコーチ等による支援の結果、障害者本人が習熟したことについて認めること

つまり、障害をもつ従業員の方が周囲から不当な扱いを受けないで済むように行動したり、業務においてある程度のサポートを行ったり、障害をもつ従業員の頑張りやスキルアップ、成長を承認する・励ますといったことです。

実質的キーパーソンは、障害者の上司であることもあれば、一般従業員の1人である可能性もあります。

実質的キーパーソンを見つけられることは、NS形成の成功に不可欠といってもいいほど重要な要素。可能であれば、なるべく多くの候補を見つけておきましょう。

【参考】
調査研究報告書 No.85『障害者に対する職場におけるサポート体制の構築過程-ナチュラルサポート形成の過程と手法に関する研究-』

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