2021/12/07
合理的配慮の要請は「わがまま」? 民間企業で義務化する前に知りたい合理的配慮の具体例
本ページはプロモーションが含まれています
2021年5月、民間企業による障害者への合理的配慮の提供を義務化する障害者差別解消法を改正する法律が成立しました。一方で、世間では合理的配慮への理解が不十分で「わがまま」と見なされることが多い状況です。合理的配慮の提供とは何をすることなのでしょうか?
もくじ
障害者差別解消法とは? 改正での変更点
2016年4月から「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(以下、障害者差別解消法)がスタートし、障害のある方への「合理的配慮」が求められるようになりました。
合理的配慮の提供などを通じて、障害のある方もない方も、互いにその人らしさを認め合いながら生きられる「共生社会」の実現を目指す法律です。
障害者差別解消法で求められていること
障害者差別解消法では、以下のことが求められています。
<障害者差別解消法で求められること>
- 「不当な差別的取扱い」の禁止
- 国・都道府県・市町村などの役所、会社、お店などの事業者が、障害のある人に対して障害を理由とする差別をしてはいけない
- 「合理的配慮」の提供
- 役所には、障害のある人から社会の中にあるバリア(壁)を取り除くための何らかの対応を求められた場合、負担が重すぎない範囲で対応する義務がある
- 民間事業者には、同様の対応を求められた場合に、負担が重すぎない範囲で対応するよう務めなければならない(努力義務)
この法律で対象となる障害者には、障害者手帳を持っている方はもとより、難病を抱える方、障害者手帳を持ってはいないけれど何らかの社会的バリアによって生活や仕事に障害を感じている方なども含まれます。
改正障害者差別解消法 民間企業でも合理的配慮提供を義務化
2021年7月での現行法である障害者差別解消法では、民間企業における合理的配慮の提供は努力義務です。
国や地方自治体のように義務化されていない理由は、障害特性に応じた配慮が多種多様であること、まずは国や自治体が率先して取り組みを行うために義務化の対象となり、民間企業には対応指針によって自主的な取り組みを促すことがあります。
しかし、施行から3年が経過したことで事業者による合理的配慮の在り方などが見直され、障害者差別解消法を改正する法律が2021年5月に全会一致で可決されました。公布日である2021年6月4日から起算して3年以内に、政令で定める日から施行されることになっています。
改正障害者差別解消法で現行法から改正されたポイントは、主に5つあります。
<改正の概要>
- 国及び地方自治体の連携協力
- 国及び地方自治体は、障害者差別の解消に関する必要な施策の効率的かつ効果的な実施促進のために、適切な役割分担を行い、相互に連携を図りながら協力しなければならない(第3条関係)
- 障害者差別解消の推進に関する基本方針に定める事項を追加
- 国及び地方自治体による障害者差別解消の支援措置の実施に関する基本的事項を、基本方針に定める事項として追加する(第6条第2項関係)
- 事業者による合理的配慮の提供の義務化
- 民間企業による合理的配慮の提供を現行の努力義務から義務へと改める(第8条第2項関係)
- 障害者差別に関する相談及び紛争の防止等のための体制の見直し
- 障害を理由とする差別に関する相談に対応する人材の育成及び確保を国及び地方自治体の責務とする(第14条関係)
- 障害者差別に関する事例等の収集、整理及び提供の強化
- 地方自治体は、障害者差別解消の取り組みに役立てるために、その地域における障害者差別及びその解消の取り組みに関する情報の収集、整理、提供を行うよう務める(第16条関係)
ここで、民間企業にとって特に重要な項目は、事業者による合理的配慮の提供の義務化です。合理的配慮の提供を行わないことが直接罰則適用の対象になる規定はないものの、行政によるチェックや指導はより厳密になるでしょう。
もし同じ民間企業がくり返し障害者に対する差別を行っている場合で自主的な改善が期待できない場合などには、その企業が行う事業を担当する大臣が報告を求めることも。それに対して虚偽の報告をしたり、報告を行わなかったりすると、罰則(20万円以下の過料)の対象となります。
改正法の施行に向けて、基本方針や対応要領、対応指針などが改定される見込みです。
【参考】
障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律についてのよくあるご質問と回答<国民向け>|内閣府
障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律の一部を改正する法律の概要 (令和3年法律第56号)|内閣府
障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律の一部を改正する法律の公布について(通知)|内閣府
障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律の一部を改正する法律案に対する附帯決議|内閣府
障害者差別と合理的配慮の具体例は?
では、どのようなことが障害者差別にあたるのか、いくつか具体例を見てみましょう。
<障害者差別の具体例>
- 相手に障害があることを理由に受付対応を拒否する
- 障害のある本人を無視して、介助者や支援者、付き添いの人とだけ話す
- 受験者に障害があることを理由に、受験や入学を拒否する
- お客さまに障害があることを理由に、サービスの提供を拒否する
- 障害があることを理由に採用しない、昇給・昇進させない
これらの具体例から見えてくるのは、その人に障害がなければ受付対応や受験・入学の許可をしていたり、社員として採用、昇給、昇格などをさせたりするにもかかわらず、ただ障害があるということだけでそれらを拒否したり機会を奪ったりすることが差別にあたるということです。
一方で、障害をもつ方の受付や受験・入学、移動、業務の遂行等には何らかの工夫が必要な場合が多いのも事実。そうした工夫を行うことは、「合理的配慮の提供」と呼ばれています。
合理的配慮の具体的には以下のようなものがあります。
<合理的配慮の例>
- 参加者の障害の特性に応じて座席を決める
- 口頭での説明だけでなく、手話や字幕などを用いて情報を提供する
- 絵や写真のカード、タブレット端末などを用いて、分かりやすいコミュニケーションを行う
- 車椅子利用者のために段差がある場所にスロープを設置するなどして、移動を容易にする
- 業務マニュアルに写真や絵を用いて、理解しやすくする
- 障害をもつ社員の健康状態を毎日チェックシートに記入してもらい、体調が悪そうな場合は休養をとれるようにする
また、近年雇用が増加している精神障害をもつ方への合理的配慮の代表例としては、たとえば下の画像のような施策があります。
合理的配慮の内容は障害特性に応じてさまざま。同じ工夫でも、Aさんには有効でBさんにはあまり効果がないといったことも少なくありません。障害をもつ方とその方の特性に合わせて工夫・調整していくことが大切です。
合理的配慮の具体例については、「障がい者としごとマガジン」でも多くの事例をシリーズでお届けしています。
(関連記事)
合理的配慮好事例シリーズ
The Valuable 500 シリーズ
【参考】
「合理的配慮」を知っていますか?|内閣府
合理的配慮における「合理的」とは?
「やっぱり合理的配慮って何だかよく分からない」
「障害のある従業員から要望があった場合、全てを叶えなければならないのだろうか?」
合理的配慮の提供が義務化される民間企業では、このような心配があるかもしれません。合理的配慮の提供におけるポイントは、配慮の要請や提供に合理性があるかどうかです。
配慮を受ける人から見た合理性
障害のある方にとっての社会的バリアを軽減・解消するような対応は、日常的な言葉づかいなら「配慮」としてもよいかもしれません。
「車椅子利用者が通れるように通路を広くするなどの配慮をしよう」
「音声での理解が難しい特性をもつ発達障害の方のために、筆談や絵を用いたコミュニケーションができるように配慮しよう」
こうしたケースでは、社会的バリアを軽減・解消するための対応として、通路の幅の調整、筆談や絵を用いたコミュニケーションといった手段は有効に機能しています。
では、次のような例はどうでしょうか。
「聴覚障害者が会話を理解できるように、ゆっくり話すよう配慮しよう」
「精神疾患をもつ方が孤独を感じないよう、昼食は一緒に食べよう」
このような「配慮」は、実は社会的バリアの軽減・解消につながらない恐れがあるでしょう。聴覚障害者でも相手の口元から発話内容を理解できる人もいれば、そうでない人もいます。また、1人の精神障害者に限って見ても、昼休みに他の人と過ごしたいときもあれば、一人で静かに過ごすほうがきちんと休めるときもあります。
「合理的」とは、それぞれの障害特性から生じるさまざまな社会的バリアをきちんと軽減・解消できるような配慮という意味が込められているのです。
配慮を提供する側から見た合理性
また、「合理的」という言葉には配慮を提供する側から見た合理性も含まれると解釈できます。
「日常生活では手動の車椅子を利用しているが、職場では電動車椅子を使えるほうが便利なので職場で購入してほしい」
「人の声がとても気になり仕事に集中できないので、なるべく会話をしないでほしい」
こうした要望が障害のある従業員からあったとしたら、事業主の方も頭を抱えてしまうでしょう。1つめは予算の問題、2つめは職場での円滑なコミュニケーションの問題として、事業に支障をきたす恐れがあるからです。
合理的配慮の提供に関しては、実は事業主にとって「過重な負担にならない範囲で」提供するとされています。過重な負担について現在の合理的配慮指針では6つの観点を提示しており、これらの観点から総合的に判断して障害者からの要望やどのような対応ができるかを決定することが大切です。
<過重な負担になるかどうかの判断のポイント>
- 事業活動への影響の程度
- 実現困難度
- 費用・負担の程度
- 企業の規模
- 企業の財政状況
- 公的支援の有無
障害者から要望があった配慮の内容が、こうした観点から見て実現困難と判断される場合は必ずしも要望どおりの施策を講じなくても構いません。
しかし、事業主は「なぜ要望を実現できないか」「要望にあった内容ではない方法で、問題となっている社会的バリアを軽減・解消する方法を実施できるか」を検討するとともに、障害者へ説明する必要があります。要望に対して事業主が一方的に「そんなの無理だよ」という一言で済ませることはできないのでご注意ください。
【参考】
障害者差別解消法改正法案の可決・成立に対する談話|連合
「障害者への差別はなくせるか ”合理的配慮”義務化へ」(時論公論)|NHK
合理的配慮指針|厚生労働省
合理的配慮の要求と「わがまま」の違い
合理的配慮が、なぜただの「配慮」ではなく「合理的」配慮なのかを考えれば、合理的配慮と“ただのわがまま”の違いが分かりやすくなります。
合理的配慮にあたっては、配慮を求める側も提供する側も、その方法が本当に社会的バリアの軽減・解消になっているかどうかを検討し、目的と手段が噛み合っているか(「合理的」である)どうかを意識すれば、「何を求める要望なのか」を理解する手助けになるでしょう。
たとえば、障害をもつ従業員の要望が「業務Aができない、できるようにしてほしい」というものである場合を考えてみましょう。
ここで、
「写真を使った分かりやすいマニュアルを作成しよう」
「1週間、指導者と対象従業員が1対1で練習できる時間を毎日設けよう」
「机の高さを調整すれば見やすくなる」
といった具体的解決策を相談できれば、「できるようにしてほしい」という要望に対する合理的配慮の提供になります。
一方で、こうした分析や解決策について、分析や試行錯誤がないまま「個人の努力で習得するしかない」と考えてしまえば、何らかの形で解決できる要望でも “ただのわがまま”として放置されてしまう恐れがあるでしょう。
要望に対して「わがままなのでは?」と感じた場合は、
- 具体的に何ができるようになる必要があるのか
- そのためにはどのような施設・設備・制度の整備が必要か
- コミュニケーション手段に工夫が必要か
といったことをまずは検討してみてください。
合理的配慮の提供にあたっては、課題の分析と目的の明確化が何よりも大切です。
合理的配慮の提供で困ったら?
障害は、大きく分ければ身体障害、知的障害、精神障害、発達障害などがあるものの、それによってどのようなことが社会的バリアになるかは障害特性によって異なります。障害への理解や具体的な指導方法、就業上の工夫などを進めるにあたり、さまざまな不明点や疑問点が出てくるかもしれません。
そのような時は、ぜひ外部機関による支援や専門知識をもった社員の配置、企業を超えて事例を共有できるデータベースの活用などを検討してみてください。
外部の支援機関を活用する
公的機関としての窓口は、ハローワークや地域障害者職業センターなどがあります。民間での代表的な支援機関は就労移行支援事業所です。
企業としては、まずこれら3つの支援機関に相談し、必要に応じて障害者職業・生活支援センターなども活用するとよいでしょう。
専門知識をもった社員を配置する
企業内に障害者の就労をサポートする専門知識とスキルをもった社員を置きたい場合は、「障害者職業生活相談員」や「企業在籍型ジョブコーチ」の講習・研修を受講し、認定を受けるという方法があります。
これらの講習や研修は、障害者雇用を推進し助成金事業なども手がける独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(以下、JEED)が実施するものが基本ですので、学べる内容の信頼性もとても高いのが特徴。実際に職場で使えるノウハウを習得できます。
(関連記事)
障害者職業生活相談員とは|資格要件・認定講習・届出
社内全体で障害をもつ方の一般的なサポート方法を学ぶ「サービス介助士」や「ユニバーサルマナー検定」も有用でしょう。
(関連記事)
「サービス介助士」とは? 全国に約19万人!大手企業でも取得実績
ユニバーサルマナー検定、心のバリアフリーに向けた“はじめの一歩”
合理的配慮の具体例を収集したデータベースや事例集を活用する
他の企業などで実際に行われた合理的配慮の具体例を知りたい場合は、公的機関が作成するデータベースを活用してみてください。
代表的なのは、内閣府が公表している「合理的配慮サーチ」です。障害種別や生活場面などによって事例を絞り込めるため、障害特性と状況に合った解決案を探しやすいでしょう。
データベースが使いにくいと感じる場合は、PDFファイルなどでも代表的な具体例が紹介されています。
障害者雇用に特化した合理的配慮の好事例集では、JEEDによるデータベースも便利です。
JEEDでは毎年テーマを設けて事例を収集しており、モデル事業や優秀な成果があったと認められる事例については取り組みの詳しい紹介や画像なども公開しています。業種別や企業の規模別検索も可能なので、より実践しやすい合理的配慮事例の検索に役立つでしょう。
合理的配慮、まずは小さな一歩から
合理的配慮の好事例を実際に見てみると「こんな小さなことでもいいのか!」という驚きがあるかもしれません。
これまでは「そんなこと要望されても、困る」と感じられたことでも、具体的な解決案があれば前向きに取り組むことができるようになります。
外部の支援や他社が蓄積しているノウハウをフル活用して、障害のある社員もない社員も共に働ける職場づくりを目指していきましょう。