2022/07/21
【事業所編】NS(ナチュラルサポート)とは? メリット・NS形成の流れ・現場での注意点
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障害者の就労支援において重要となるナチュラルサポートとは、職場における上司や同僚による自然なサポートのこと。ナチュラルサポート形成を成功させるには、現場で押さえるべきいくつかのポイントがあります。NIVRの研究結果をもとに、ナチュラルサポート形成の流れや注意点を解説します。
もくじ
NS(ナチュラルサポート)が必要な理由とメリット
障害者の就労支援において、職場の上司や同僚などが障害のある従業員をサポートすることを「ナチュラルサポート」(以下、NS)と呼びます。
特に日本では、職場の上司や同僚が障害を持つ従業員と関わりながらさまざまな調整を行い、職場で障害者へのNSが安定して行われる体制を作ることをいいます。
NSでは具体的に何をするのか、NS形成によってどのようなメリットがあるのかを「障害者職業総合センター」(以下、NIVR)の研究報告書に基づいて見ていきましょう。
NSの定義とNS形成が必要な理由
職場には、「こうした仕事をこのレベルでやってほしい」という要求水準があります。しかし、障害をもつ従業員のスキルや特性によっては、本人の努力だけではその水準に合った仕事ができない場合があるでしょう。
そうした職場の要求と障害を持つ従業員の能力のギャップを埋めるために必要なのが、NSです。NSがきちんと行われる体制を構築し、安定的に維持できる環境整備等を行うことを「NS形成」といいます。
NS形成の要素とNS形成後のメリット
NS形成には、さまざまな要素が関わってきます。NIVRの研究報告書では、NS形成において以下の6つの要素があるとしました。
<NS形成に関係する要素>
- 障害者個人の特性
- 入職の方法
- ジョブコーチ等の外部専門家の介入方法
- 職場の文化
- 仕事の環境デザイン
- 社会的インクルージョンの程度
NS形成が達成されている職場では、こうした要素が関わり合いながら、支援者・事業所・障害者の間で「良い循環」が発生し、定着するようになります。これが、次のような大きなメリットを生みます。
<NS形成による良い循環で生まれるメリット>
- 障害者個人の特性
- 入職の方法
- ジョブコーチ等の外部専門家の介入方法
- 職場の文化
- 仕事の環境デザイン
- 社会的インクルージョンの程度
NS形成が達成されている職場では、こうした要素が関わり合いながら、支援者・事業所・障害者の間で「良い循環」が発生し、定着するようになります。これが、次のような大きなメリットを生みます。
<NS形成による良い循環で生まれるメリット>
- 職場全体の効率が上がる
- 障害をもつ従業員の満足度や作業能力が向上する
- 事業所にとっても大きなコストをかけずに自然なサポートができるようになる
障害者の職場定着を実現し、同僚や上司とともに仕事をしていくために、NSは必要不可欠なのです。
NS形成を始める前に知っておくべき4つのポイント
障害者の職場定着においてNS形成は非常に重要。ただ、「今日からすぐに始めよう」といきなりやろうとしても、現場では混乱してしまうかもしれません。
まずは、NS形成を始める前に知っておくべき4つのポイントである「説明会の実施」「実質的キーパーソンの役割」「成果が出ない時期の悪循環」「NS形成完成期の良い循環」について押さえておきましょう。
(1) NS形成・従業員の受け入れ前に説明会を実施する
NS形成に取り組む前に、準備として従業員への説明会を実施しましょう。
説明会の目的は、
- 障害について理解すること
- 支援対象となる障害をもつ従業員の特性等を知ること
- 障害をもつ従業員との具体的な関わり方(コミュニケーションや指導の方法など)を知ること
- NS形成にどのようなメリットがあるのかを知ること
- 受け入れの流れを知ること
などです。
説明会を開くことには、支援の方向性を現場で共有し、サポートしやすくなるというメリットがあります。
ただ、こうした説明会によって、不安感を強めてしまう従業員もいるかもしれません。不安を軽減させるには、「今後どのような流れで受け入れるのか」、「NS形成はどのようなプロセスで進められるのか」といった見通しを説明するとよいでしょう。具体的な流れについては、後ほどご紹介します。
(2) 「実質的キーパーソン」と最低限の役割
NS形成で不可欠とされるものに「実質的キーパーソン」の存在があります。実質的キーパーソンとは、障害者が実際に働く現場でNSを率先して行う人物のこと。ジョブコーチ等の支援者と協力しつつ支援を行うという重要な役割を担います。
実質的キーパーソンに求められる最低限の役割として、特に以下の3点があります。
<実質的キーパーソンの最低限の役割>
- 障害をもつ従業員に批判的な同僚に対する緩衝材になること
- 障害・行動特性等を理解し、ある程度の配慮が必要であることを受け入れること
- ジョブコーチ等による支援の結果、障害者本人が習熟したことについて認めること
実質的キーパーソンとして動く従業員は、障害者の上司である場合もあれば、一般従業員の1人である場合もあるでしょう。実質的キーパーソンの候補者を多く見つけられれば、より安定したNS形成につながります。
(3) なかなか成果が出てこない時期に感じられることと「悪い循環」
NS形成では、障害を持つ方も一般従業員の方も、お互いに新しい環境や接し方に慣れていく必要があります。そのため、なかなか簡単には進まないというケースは多いものです。
そうした苦しい時期に、障害をもつ従業員と他の従業員の間に感情的な対立やサポート不足が生じてしまえば、下の図のような悪い循環が発生するかもしれません。しかし、これはNS形成の最初のステップです。
このような悪循環を解消していくには、企業として受け入れ現場を支える体制づくりが重要です。企業の幹部や人事部、受け入れ現場となる部署で相互に意思疎通を図るとともに、障害を持つ従業員にどこまでできるようになってもらう必要があるのか、その指導はどのように進めていくのか、今どこまでできているのかといった目的・手段・状況を定期的に共有していきましょう。
NS形成においては、ジョブコーチ等の支援者としっかり連携して支援の方向性を共有・実践していくことも重要です。
(4) サポートが日常化した時期に見られる「良い循環」
職場で少しずつサポートができるようになってくると、やがてそれが安定的に実践されるNS形成の完成期に入ります。NIVRの報告書では、これを「サポートの日常化」と呼んでいます。
サポートの日常化が行われるようになると、障害を持つ方の自立度が高まり、最小限のサポートもルーティン化されて日常業務の一部になっていきます。
障害をもつ従業員の存在は、一般従業員の方にとって「いてくれないと困る」存在になるでしょう。こうした周囲からの承認が、また障害を持つ従業員の意欲を高め、スキルアップやさらなる自立的な姿勢につながります。
障害者の受け入れ・NS形成 4つの段階
NIVRの研究報告書では、実際に障害者雇用に積極的な企業でどのような経験をしているかをインタビュー調査した8事例について、紹介・分析しています。調査対象は、現場で直接障害者と接しながら働く8名の従業員と、人事担当者3名です。
その調査結果をもとに、現場から見たNS形成の流れを4つの段階に分けてご紹介しましょう。
(1) 「未知の存在」に対して「サポートの不安」を感じる
現場担当者にとって、新しく入ってくる障害をもつ従業員は「未知の存在」です。
現場には、これからやってくる障害をもつ従業員を育てていく必要があるというプレッシャーもありますし、「自分にできるのだろうか」「仕事を覚えてもらえるだろうか」「どうやって関わっていけばいいのか」といった、さまざまな不安もあるでしょう。過去に障害者と関わったことのある方でも不安感を抱くことはよくあります。
現場担当者は、実際に障害者と接しながら通常業務を遂行していかなければなりません。そのため、不安感を抱くのはごく自然なことです。「実際に受け入れてみたら不安感は和らいだ」というケースもあれば、受け入れ後もしばらく不安感が持続するケースもあるでしょう。
そのような中で、NS形成に向けた取り組みが始まります。
(2) 試行錯誤を繰り返しながら、なかなか成果が出てこない時期を過ごす
NS形成に向けた取り組みが始まると、どのようなサポートが効果的なのか、試行錯誤の時期が始まります。試行錯誤を繰り返す中で「あ、そういうことか」といった具体的な把握が進み、障害を持つ従業員をうまくサポートできるようになるでしょう。そうしたサポートを受けて、障害をもつ方のほうでも業務の習得やスキルアップをしやすくなります。
まず、試行錯誤が続く状況では、実際に一般従業員が障害をもつ従業員と関わりつつ、どのようなサポートがどのような効果を生むのかを確認しながら進めることになります。
厚生労働省やJEEDなどからは多くの障害者雇用マニュアルやガイドラインが出ており、それらもサポート方法を考える上での助けになります。ただ、こうしたマニュアルやガイドラインを実際にサポート対象である障害者の方にそのまま適用できるかどうかは定かではありません。少しアレンジしたり、別のツールや方法を検討したり、本人や支援者と相談したりするなどの長期的な取り組みが必要です。
そこで効果的な伝え方や指導の仕方、道具の扱い方などが分かったときに「あ、そういうことか」という気づきが生まれます。障害を持つ従業員の本来の実力や、解消すべき課題点、その原因なども見えてくるでしょう。
NIVRの報告書では、この時期に一般従業員が抱く感覚についても言及しています。1つめの感覚は、「出口がなかなか見えない苦しみ」。2つめは、職場における要求水準と障害を持つ従業員の状況のギャップを埋めていくために生じる、現場の他の従業員の「関わらざるを得ない」といった感覚です。
より高い効果を狙ってサポートをしていく、人員や業務内容、職場環境など多くの制約の下で調整する必要があることなど、大変な状況は多いでしょう。しかし、そうしたさまざまな試行錯誤によって少しずつ理解や方法の確立が進み、「成果が出てくる」時期へとつながっていきます。
(3) 「成果が出てくる」時期に入る
試行錯誤の時期から少しずつ「成果が出てくる」時期に入ってくれば、有効な支援方法が蓄積され、サポートの負担感が少しずつ和らいでくるでしょう。そうすると、現場の他の従業員も障害者に対して「関わらざるを得ない」という気持ちから、「よくがんばっている」という承認の気持ちに変化してきます。
障害を持つ従業員本人の業務レベルが向上し、自立して仕事ができる部分が増えてくるでしょう。そうした時期になれば、企業担当者のサポートをほとんど受けなくても自立的に作業を遂行できるかどうかを確認する段階に入れます。これを報告書では「自立遂行を完成させる」段階としています。
障害者が自立的に作業の遂行が可能か否かを確認する具体的な方法には、たとえば「単独で指定の場所まで行って業務を済ませ、戻ってこられるかどうかを、当該障害者に気づかれないよう見守る」といったものがあります。
これによって「自立遂行できる」と判断されれば次の段階へ進めますし、そうでないと判断される場合はサポート方法や業務の流れをさらにブラッシュアップしていくことになるでしょう。
(4) 「サポートの日常化」期に入る
ここまでくれば、いよいよNS形成の完成に近づいています。障害をもつ従業員が自立的に業務を進められる部分が増え、周囲の従業員にとって「いてくれないと困る」存在になります。
NS形成の完成期では、障害をもつ従業員の行動や態度が初期と比較して改善し、業務においても戦力となり、事業所が無理なく継続的にサポートできるようになっているでしょう。先述したように、この段階ではサポートが「ルーティン化」しており、障害者がやるべき作業内容も一定化してきます。
このような段階で見られる職場の状況は、たとえば障害を持つ従業員自らが自律的に作業を実施し、一人では対応困難な場合のみサポートを提供するといったものです。そのため、現場の心理的・物理的コストがずいぶん軽減されてきます。
さらに、NIVRの調査では、障害をもつ従業員が現場にいることで以下のような相乗効果が生まれたという報告もありました。
<障害者が現場にいることによる相乗効果>
- 職場が明るくなった
- 他の従業員が気づいていなかったことに気づけた
- 障害者への指導を通じて他の従業員の行動も改善された
職場での安定的で継続的なサポートによって障害者が自立的に働けるようになり、それを周囲が評価することによって、また適切なサポートの提供や業務能力の向上につながるといった「良い循環」が安定してまわるようになれば、NSは完成です。
なお、NS形成が完成しても、その後に何らかの課題が発生する可能性があります。そういった場合は、社内で再検討したり外部の支援機関に相談したりして、新しい支援方法を検討していきましょう。
NS形成がうまくいかない場合のチェックポイント
最後に、NS形成に取り組む中で「どうしても、うまくいかない」と感じたときチェックしていただきたい3つのポイントをご紹介します。
実質的キーパーソンは決まっていますか?
NS形成において、実質的キーパーソンは必要不可欠な存在です。この役割を担う方がいないと、試行錯誤の時期に根気強く取り組んだり、効果的なサポートを安定して提供したり、良い循環を形成・維持したりすることは難しいでしょう。
実質的キーパーソンは、NS形成の初期段階から決めにくいケースもありますし、人事異動等でキーパーソンがいなくなってしまうケースもあります。
障害特性への理解がある、身内や友人に障害をもつ方がいる、障害者雇用に直接関わり支援した経験があるなどの観点から、実質的キーパーソンの候補者を複数見つけましょう。候補者には、NS形成で果たす必要がある最低限の役割も説明しておくとよいでしょう。
サポートや障害者の努力の成果を承認していますか?
さまざまな支援方法を試し、障害を持つ従業員自身もきちんと取り組んで何らかの成果が出たら、どんなに小さな成果でもしっかり承認していくことが重要です。成果の承認がなければ、「うまくいったと思ったのに評価されなかった」「これではダメなのか」というネガティブな感覚が強くなってしまい、サポートや仕事への意欲が下がりかねません。
承認がきちんと行われていない現場では、たとえば
「まだこの程度なのか」
「真面目にやっていないからだ」
「これができるなら、あれもできるだろう」
といった、「できないこと」への注目が強く見られます。
大切なのは、「初期から比べて、こういったことができるようになった」という視点を持つこと。それにより、サポートする従業員もサポートされる従業員も、「この方向性でいいんだ」「きちんとうまくいっているんだ」といった自信を身につけ、さらに先へ進めるようになります。
経営幹部・人事担当者・現場担当者に共通理解はありますか?
もうひとつチェックしていただきたいのが、障害をもつ従業員に対する支援の方向性や求める業務レベルの設定を現場任せにしていないか、あるいは逆に現場を無視していないかという点です。
NS形成を達成するには、現場の力だけでは足りません。企業全体が一体となった取り組みを行うこと、障害者雇用の理解を進め、支援の方向性をきちんと検討し共有することが不可欠です。
たとえば、経営者や人事担当者が求める水準が「安定的に勤務して挨拶をし、軽作業ができる」レベルであったとしても、現場担当者にとっては「それだけでは業務が回らない」という切実な事情があるかもしれません。
何を目標としてどのように支援していく必要があるのか、経営幹部・人事担当者・現場担当者の間で検討し共有することで、「こんなはずじゃない」という齟齬をなくしておきましょう。
具体的な支援の方向性や障害特性に応じた目標設定などは、ジョブコーチ等の支援者や障害者本人との話し合いが重要です。社内の支援者、社外の支援機関等と連携しつつ、NS形成を進めましょう。
NS形成では合理的配慮の事例集やデータベースも参考に
厚生労働省やJEEDは、障害者の職場定着に必要な合理的配慮について、好事例集を作成したりデータベースに情報を蓄積・公開していたりします。
最終的には職場で実際に働く障害者の特性に合わせたやり方にアレンジする必要がありますが、「そもそもどういった支援方法があるのか」を知ることが、効果的な支援方法を考える際に大きなヒントになるでしょう。
この「障がい者としごとマガジン」でも、合理的配慮の事例集やデータベースをもとに、目的やケースごとの支援方法をシリーズでご紹介しています。NS形成で困ったときなど、ぜひご活用ください。
【参考】
調査研究報告書 No.85『障害者に対する職場におけるサポート体制の構築過程-ナチュラルサポート形成の過程と手法に関する研究-』