2022/10/26
高次脳機能障害「自己理解」と望ましい支援方法とは?—NIVR調査研究報告書から
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障害をもつ方が自立的に仕事や生活をするには、自身の障害に対する「自己理解」が重要とされます。しかし、高次脳機能障害をもつ方の場合、支援者との間に信頼関係を築いていても、病気の特性から「自己理解」を進めることが難しいケースがあります。NIVRの調査研究報告書No.162から、高次脳機能障害をもつ方に対する望ましい支援方法のポイントを見ていきましょう。
もくじ
高次脳機能障害の職リハにおける「自己理解」とは
障害者の職業リハビリテーション(以下、職リハ)では、障害をもつ本人が自身の障害について理解するという「自己理解」が重要と考えられています。これは、自身の障害特性を把握することで、職場でどのような合理的配慮が必要か、日常生活でどのような点に気をつけて活動する必要があるかなど、本人に合った自己決定をできるようにするためです。
しかし、高次脳機能障害をもつ方の場合、自身の障害特性やその影響を理解することが困難なケースが多く見られます。
NIVRでは、2021年に「自己理解」に困難をともなう高次脳機能障害者に対してどのような支援が望ましいのかについて調査研究を行いました。調査は3段階あり、職リハ従事者(障害者職業カウンセラー)への一次フォーカスグループインタビュー、文献調査、障害者職業カウンセラーへの二次フォーカスグループインタビューを実施。研究成果を2022年3月発行の「調査研究報告書No.162」にまとめています。
今回は、その報告書から職リハにおける支援の具体例、「自己理解」に関する医療等分野における知見、そして両者から導かれる高次脳機能障害者への望ましい支援方法と注意点などを見ていきましょう。
高次脳機能障害の職リハ支援における「自己理解」と支援の具体例
調査研究の第1段階は、10〜20年の業務経験がある障害者職業カウンセラーへのフォーカスグループインタビューです。合計15名を3グループに分けてインタビューを実施し、その内容を分析しました。
そこで明らかになったことは、いずれのグループでも基本的に次のような考え方が見られたことです。
<高次脳機能障害の職リハにおける基本の考え方>
- 「自己理解の支援の考え方・工夫」が基盤となる
- 「自己理解の支援の考え方・工夫」を実施する際に「難しさ・課題」が残る
- その「難しさ・課題」に対応するために、改めて「自己理解の支援の考え方・工夫」が重要となる
ところが、ここに大きな問題があることが分かりました。それは、高次脳機能障害の支援における「自己理解」という概念自体が、具体的に何を示しているのか捉えにくいということです。職業カウンセラーからは、さまざまな要因で具体的にどのような状態なのかが変化すること、支援機関や支援者等によって捉え方が異なっていることが指摘されています。
こうした事情を背景に、実際の現場の支援では「自己理解」の支援に際し、障害をもつ方のニーズや目標を中心として目標達成に向けたアプローチを行う、その中で「自己理解」が進むよう支援するという姿勢がとられているようです。
<高次脳機能障害の支援における具体的な姿勢>
- 障害を突きつけず、障害をもつ本人が納得いくように共に考える
- 会社との話し合い過程や実際の活動場面におけるリアルフィードバック時に、できていること・難しいことを一緒に整理する
- 就業後に人間関係を含めて周りに目を向けられるように、医療者やピアと連携する
- 医療機関や家族、職場などの各機関が共通理解をもてるよう連携する
- 職場定着支援においては、情報の捉え方やコミュニケーション、障害に対する理解に課題があるケースで再休職する例があるため、自己理解よりもターゲット行動に目を向けたり、職場環境整備を行ったりする
- 障害をもつ本人の「自己理解」が不十分でも、支援者が障害について会社に説明したり、本人の意欲や残っている能力・長所に着目した支援を行ったりすることで、安心して本人のペースで働けるようにする
「自己理解」の支援自体は長期的な取り組みが必要なため、障害者本人の家族、職場のメンバー、支援機関と連携しながらサポートを続ける仕組みづくりが重視です。同時に、本人がまだ使える能力(残存能力)や長所に着目した支援を行うことで、支援者から見て「自己理解」が十分とは感じられない場合であっても働ける可能性があることも示されました。
医療等分野での「障害理解」に関する知見
高次脳機能障害者の自己理解の難しさは、医療などの分野でも指摘されてきました。そこで、NIVRの調査研究では医療等分野で考えられる自己理解を「障害理解」と言い換え、職リハでの「自己理解」の見方と比較しつつ、職リハへ応用できる知見などを探っています。
まず、どのような観点で「障害理解」の度合いを見るかというところでは、次のようなモデルを挙げました。
<「障害理解」評価の観点 Toglia & Kirk(2000)のモデル>
- 自分の能力と限界についての知識
- 課題の性質ややり方についての知識
- 今行っている課題ができているかどうかの認識(セルフモニタリング)
- 自己のパフォーマンスの予測 など
さらに、これらの観点から評価される「障害理解」の度合いが、多様な要因で変化することも指摘されています。
次に、高次脳機能障害をもつ方の「障害理解」を深めることに成功した支援が複数紹介されました。
<「障害理解」の深化に効果が見られた支援の例>
- 実質的な生活場面を通じた訓練を行う
- 支援対象者に気づきを与える質問を用いてフィードバックを行う
- 課題実行中の自身のパフォーマンスをセルフモニタリングしながら課題への対処方法を検討する
ただ、「障害理解」をどこまで深められるかには限界が見られます。たとえば、認知機能が低下している場合や、訓練で用いた場面を他の状況に適用することに限界があるといった場合です。無理に「障害理解」を深めようとすれば、支援対象者に大きな心理的負担を与えることが指摘されており、これは職リハの現場でも見られる懸念でした。
そのため、やはり「障害理解」を深めることだけを目的にするよりも、「何のために支援をしているのか」「どのような目標に向かってトレーニングしているのか」といった目的・目標の達成を中心に進めていくことが重要と考えられます。
「自己理解」と職リハ支援の望ましいあり方
NIVRは、現場で活躍してきた支援者と医療等分野における知見をもとに、高次脳機能障害をもつ方への支援方法について仮説を立て、職業カウンセラー17名にフォーカスグループインタビューを実施しました。
インタビューでは、仮説のメリット・デメリット、明記すべきポイント、残る課題などを検討。その結果が、仮説を修正した『高次脳機能障害者の「自己理解」の性質を踏まえた支援ポイント〜「自己理解」を捉え、支援するプロセス〜』にまとめられました。調査研究報告書No.162の巻末資料に掲載されています。
高次脳機能障害の「自己理解」支援のポイント
巻末資料として掲載された高次脳機能障害者支援のポイントについて、その概要は次のようになっています。
<高次脳機能障害者の「自己理解」支援の3つのポイント>
- 「自己理解」という概念には多様な側面があるため、それぞれの側面を評価する視点をもつ
- 「自己理解」は、生物・心理・社会環境的要因などからさまざまな影響を受けて変化することを考慮する
- 「自己理解」を深める目的を十分に検討し、目的に合った支援を選択する
ここで「自己理解」の多様な側面とは、次の7つを指します。
<「自己理解」の多様な側面>
- 自己の(障害)特性について、どのくらいの知識があるか
- 自己の特性が及ぼす影響について、どのくらい知っているか
- 現実的予測をどのくらいできるか
- 課題(職務)についてどのくらい知識があるか
- 方略について、どのくらい分かっているか(例:メモを取る、など)
- セルフモニタリングをどのくらいできるか
- (課題実行中の)課題の理解とパフォーマンスの予測をどのくらいできるか
また、「自己理解」を深める目的の具体例には、「補完手段習得のため」「現実的な就職(復職)先検討のため」「障害の開示や開示内容の検討のため」などが挙げられました。
「自己理解」支援における前提
こうした「自己理解」の捉え方や深め方を理解した上で、実際の支援では、以下の点に取り組む必要があるとNIVRは述べました。
1つめは、「自己理解」を深めるために行う支援で支援者がもつべき3つの前提です。
<「自己理解」支援における3つの前提>
- 支援対象者と支援者の間に、信頼関係、協働関係を構築する
- 支援対象者の目標達成に向けて支援を行う
- 支援対象者の残存能力やできるようになったことに焦点をあてて支援する
効果的な支援を行うには、高次脳機能障害をもつ方と支援者との間に信頼関係、協働関係が必要です。先に出た具体例でいえば「共に考える」「一緒に整理する」などがこれにあたるでしょう。対象者に寄り添う姿勢で信頼関係を築ければ、コミュニケーションも取りやすくなります。
また、繰り返し述べてきたように、「自己理解」を深めることだけに集中すると本人に大きなストレスを与えてしまう可能性があります。そして、「自己理解」が十分に深まっていない状況でも、本人がまだ使える能力(残存能力)やできるようになったことを重視して支援していくことで、働きやすくなることが指摘されました。
こうしたことから、「自己理解」を深めることそれ自体が目的のすべてではないこと、「自己理解」に集中するよりもターゲット行動に着目した支援が効果的である場合があることを考慮することも大切と言えるでしょう。
なお、残存能力については、仮説段階で盛り込まれていなかったものの現場で活躍してきた支援者の声で追記されたという経緯があります。「できなくなったこと」に注目して合理的配慮を検討する場面は他の障害者雇用でも見られますが、支援に成功しているケースでは「何ができるか」や長所に注目した支援が効果的だったと言われることが少なくありません。高次脳機能障害をもつ方の支援でも、「何ができるか」に着目した支援が必要です。
高次脳機能障害への支援における4つのポイント
そして、現場の支援で重要なのが次の4つのポイントです。
<高次脳機能障害者への支援における4つのポイント>
- 多角的な視点でアプローチする(例:家族、医療機関、仲間との関わり、社会資源等の活用)
- 長期的な視点で支援体制を整える
- 支援内容や活動の記録を見える化して共有する
- 「自己理解」を深めることに限界やリスクが考えられる場合や、心理的ストレスの増大につながる可能性がある場合は、「自己理解」の深化以外に焦点をあてた支援を選択する
「自己理解」の深化以外に焦点をあてた支援の具体例は、以下のとおりです。
<「自己理解」の深化以外に焦点をあてた支援例>
支援の種類 | 支援方法の例 |
習慣形成に重点をおく | ターゲット行動を形成したり減らしたりするために、反復学習・手順学習をとおして習慣形成を行う
目標を立てて、相談内容の記録、振り返りを習慣化する |
心理的側面を考慮する | 信頼関係に基づく協働関係構築を軸に支援する
困っていることへの対処に焦点をあてる 複数の選択肢から選んでもらい、コントロール感を高める |
支援等への動機を高める | 「できるようになりたい」等の意欲を探して目標につなげる
実際の仕事で必要なスキルと関連づけて補完手段を提案する |
環境・周囲のネットワークにアプローチする | 重要な他者に障害や関わり方の理解を深めてもらう
重要な他者のニーズを聞いて解決・解消法を検討する ピアグループ等の情報提供を行い、肯定的な人間関係を感じられる場を作る |
高次脳機能障害「支援ポイント」へのリンク
前項でご紹介した巻末資料は、NIVRの公式ページでPDFとして公開されています。下のリンクから閲覧可能です。
高次脳機能障害の方への支援方法はこれが全てではありませんが、「自己理解」に関連する支援上のポイント、「自己理解」を深めることに限界やリスクがある場合の対応方法などは、現場でも大きなヒントになるでしょう。
ジョブコーチなどの支援者はもとより、職場の障害者雇用担当の方、事業主の方などにもこうした視点を知ってもらうことで、支援体制を築きやすくなります。
現場での支援や職場での障害理解の促進、支援体制構築に、NIVRの調査研究報告書No.162巻末資料をぜひお役立てください。
【参考】
調査研究報告書No.162 高次脳機能障害者の障害理解と職業リハビリテーション支援に 関する研究―自己理解の適切な捉え方と支援のあり方―|NIVR