北欧の障害者雇用の「対話」、重要なのは「決めつけないこと」


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2024年4月25日、筑波大学東京キャンパスにて、デンマークとフィンランドの障害者雇用の取り組み事例を紹介するセミナーが開催されました。基調講演は、従業員の8割が発達障害者であるデンマークのIT企業「Glad Teknik」CEOのマティアス・ニールセン氏。北欧の取り組みを紹介した中尾文香氏・片山優美子氏の発表内容とニールセン氏の講演内容を中心にお届けします。

筑波大学でのセミナーで北欧の障害者雇用事例を紹介


画像提供:ポジティブな障害者雇用 調査報告会事務局(PR TIMES)

4月25日(木)の午後1時から、東京都文京区の筑波大学東京キャンパスにて、北欧の障害者雇用の取り組みを紹介するセミナーが開催されました。共催は、 筑波大学人間総合科学学術院リハビリテーション科学学位プログラムおよび特定非営利活動法人ディーセントワーク・ラボ。多くの参加者が会場を訪れたほか、約200名の方がオンラインの後日配信に参加しました。

令和6年4月からの合理的配慮提供の義務化や法定雇用率引き上げも背景に、障害者雇用の海外事例に注目が集まったようです。
主な登壇者は次の5名です。

【セミナーの登壇者とプログラム内容】

NPO法人
ディーセントワーク・ラボ
代表理事 中尾文香
調査報告

「デンマークの障害者雇用について」

長野大学

社会福祉学部社会福祉学科

教授 片山優美子

調査報告

「フィンランドにおける対話について~合理的配慮をめぐる対話の方法~」

Glad Teknik社 CEO

マティアス・ニールセン

基調講演

「Glad Teknikにおける発達障害者の雇用と社会的意義について」

筑波大学人間総合科学学術院

リハビリテーション科学

修士 松門協

シンポジウム

「合理的配慮をめぐる『対話』~強みの発見・発揮と環境調整」

NRIみらい株式会社

顧問 足立興治

セミナーでは、中尾氏と片山氏による報告のあと、ニールセン氏が自社の取り組みを紹介。続いて行われたシンポジウムでは、松門氏や足立氏のほか会場から質問が寄せられ、ニールセン氏が一つひとつ回答しました。

デンマークの充実した支援制度と長期雇用を見据えた取り組み事例

中尾文香氏による調査報告では、デンマークのコペンハーゲンにおける見学・インタビュー調査の中から「KLAP job(クラップジョブ)」と「Novo Nordisk」の取り組みが紹介されました。

デンマークは、九州とほぼ同じ広さで人口は約596万人。そのうち約84万人が高齢者です。1994年以降、社会福祉大臣が中心となって「企業の社会的責任」を前面に打ち出したキャンペーンを展開し、公的機関と民間企業の連携を重視してきました。障害者雇用率をただ設定するのではなく、役割と責任を伴った雇用・就労を理想としています。

デンマークにおける「障害者」の定義は「機能が低下した者」。これはICF(国際生活機能分類)の考え方に基づくものです。障害を社会生活環境との関係で「ハンディハンデキャップ」として理解する姿勢が根付いている点が、日本とは大きく異なる点といえるでしょう。

障害のある当事者の「働きたい」という声に耳を傾け、職業リハビリ訓練を強化するとともに、労働能力の度合いによって賃金を補助する制度もあるとのこと。例えば、年間収入が約550万円以下である障害者年金受給者が就労する場合に最低賃金の5分の1程度を雇用主に支給する補助金制度(※)や、障害者年金を受給していない障害者が長く働き続けられるように賃金の一部を国が負担する「フレックス・ジョブ制度」です。
(※)補助金制度の数値は2004年度のもの

報告の中心となったKLAP jobとは、就労を希望する障害者に仕事を提供する事業です。コンサルタントが障害者と面談を行った上で適した仕事を紹介しています。イメージとしては、「障害者就業・生活支援センター+ハローワーク+就労継続支援B型事業所のサポート」と中尾氏は語ります。

KLAP jobは、全市町村・全雇用センター・13の障害者NGOおよび姉妹団体と連携し、これまで5000件以上の仕事を紹介してきました。利用した当事者の84.6%が利用から1年後の段階で「生活の質が大幅に向上した」と答えているそうです。

もう一つの報告である「Novo Nordisk」は、デンマークの大手製薬会社の事例です。役員の中に自閉症のある娘を持つ方がおり、その方を中心として2012年から自閉症の方などを雇用する取り組み「Project Opportunity」を進めてきました。

同社の特徴は、一気に多くの障害者を雇用するのではなく、当事者が長く働けることを重視してゆっくり採用・育成を行う姿勢です。デンマークには特例子会社のような制度がないため、雇用した障害者を各部門の現場に配置して環境調整やトレーニングを行います。そこで、はじめに各部門のマネージャーに「2年間の人材確保のための予算がある」などのメリットを伝えながら、社内での雇用促進や職場定着に必要なサポートを行っています。

プロジェクトを軌道に乗せるには5年かかったとのこと。それでも、実績を重ねるうちに「いろいろな仕事ができる」と分かり、各部署で「うちに来てほしい」というウェイティング・リストまで作成されるに至りました。

同社がこうした成功を収めたポイントには、

  • 経営層からのメッセージ発信とサポートの実施
  • トレーニング期間である2年間の人件費確保
  • トレーニング終了後の採用に必要な予算(障害者とメンターの人件費)の確保に関するマネージャーへの通達
  • 外部スペシャリストとの連携
  • 雇用を希望するマネージャー自身による業務内容の詳細な書き出し

などがあるといいます。

予算も含めた全社的な取り組みと環境調整により、障害のある従業員も安定した就労を続けているようです。短時間勤務の障害者がフルタイム勤務になったり、自己開示やパフォーマンス向上に向けた自己申告など、障害のある従業員のみならず他の従業員もオープンなコミュニケーションができるようになったりしたという例が紹介されました。

中尾氏は
「適切な環境整備があれば、これまで働けないとされていた人々も働ける可能性が高い」
「まだ発揮されていない潜在能力がある」
などのヒントや、トップと現場が協働し企業が雇用に責任を持つ大切さを伝えました。

フィンランドにおける合理的配慮をめぐる対話方法

片山優美子氏による調査報告は、フィンランドにおける合理的配慮をめぐる対話方法に関するものです。対話は「大丈夫な時」から「精神的な緊急性が高い事案」まで5つに分類されています。この中から4種類のダイアローグと対話の文化を紹介しました。

フィンランドでは、障害の有無にかかわらず子どもたち一人ひとりに合わせた教育、自分と相手の考え方の違いを大事にしています。片山氏によれば、この根底には、「平等を重視し、差を生まない文化」があるとのことでした。

今回のテーマである対話の具体的な方法については、フィンランドで行われている対話のうち、「大丈夫な時」以外の4種類を解説しました。

【フィンランドにおける4種類の対話】

ちょっとした心配事 「早期ダイアローグ」

「Aさんの笑顔が減っている。私が、心配なので助けてもらえないか」などの言い方で、自分自身に指を向けて対話をする

大きな心配事 「アンティシペーションダイアローグ」

現在の困りごとを俯瞰してとらえるために、当事者・招待者・当事者とは初対面のファシリテーターと記録係が、一定の様式に従って対話をする。誰もが気軽に相談できるよう、窓口を街の一角に設置

危機的状況 経験専門家※と対話を行う「クライシスセンター」

本人だけでなく周囲から見て危機的な状況の時に、クライシスの

経験専門家と共に対話をする。どんなに苦しい時も、隣に居続け

てくれる

経験専門家:同じ悩みを経験しトラウマ&アートセラピーと経験専門家トレーニングを受けた人

精神的緊急性が高い 「オープンダイアローグ」

入室すると「自分の好きな椅子に座る」ところから始まる。家族療法士や経験専門家が参加。経験専門家は対話に同席して当事者の心理的負荷を軽くする役割を担う

7つの原則に従って2名以上の専門家らと対話を行う

● 必要に応じて直ちに対応する

● クライアント・家族・関係者を治療ミーティングに招く

● その時々のニーズに合わせて柔軟に対応する(対話場所も

含む)

● 治療チームは必要な支援全体に責任をもって関わる

● 同じ治療チームが継続して対応する

● 答えのない不確かな状況に耐える

● 対話の継続を目的とし、多様な声に耳を傾け続ける

フィンランドの職場には、仕事を属人化せず、スペシャリストの力を他の人に伝えることで、皆ができる仕事にしていくという特徴があるとのこと。仕事の属人化を避けることで、お互いが安心して休める環境づくりができます。

このメリットの具体例として、仕事中のコーヒーブレイクで部下と上司が雑談し、仕事の分担を調整するケースが紹介されました。上司が「家族とケンカをした」と話すと、部下は「今日は早く帰って謝ったほうがいい」と助言。終業時刻になっても仕事をしている上司に対して部下が「残りの仕事は自分がやっておきます」と声をかけ、帰宅を促すなどの対応が行われているそうです。

「従業員の8割が障害者」IT企業 Glad Teknik社での合理的配慮


画像出典:Glad Teknik社 公式サイト

基調講演を行ったのは、デンマークのIT企業「Glad Teknik」CEOのマティアス・ニールセン氏です。従業員の8割は何らかの障害をもって働いているため、従業員一人ひとりの特性に合わせた座席の調整や環境整備を行ってきました。ニールセン氏自身も、発達障害(ASD・ADHD )の当事者です。

ニールセン氏は、自閉症などがある人のための共同住宅に入居する24歳まで、多くの場面で孤独を感じてきました。自宅に引きこもり、コンピュータいじりやゲームをして過ごしていたといいます。共同住宅に入ってからは、毎日他の人々とアクティビティに参加し、活動的に過ごすようになりました。

就活ではとても苦労したとのことで、なかなかインターンシップ先が見当たらず、周囲の人々も対応に困っていたそうです。ようやく見つけたインターンシップで助けてくれる人が現れ、1年以上一緒に働くことができました。

大きな転機は、インターンシップ先の社屋が火事になったこと。移転先にIT系の職場があり、そこで働くようになりました。障害特性に応じた調整を受ける中で、システム化が得意であることを発見。さまざまな部署のシステム化を担当しました。

そして2018年2月、より働きやすい環境を作るため、ニールセン氏は自身の会社であるGlad Teknik社を設立します。起業から約1カ月後には、自身と似た境遇を持ち、インターンシップが見つからずに困っていた若者を同社に迎えました。

事業は順調に進み、多様な業務を手がけましたが、中でも高い評価を得たのがコンピュータの液体損傷の修理でした。他社ではICチップも含むマザーボード全体を交換するのに対して、Glad Teknik社ではICチップのみを交換。コストを抑えるとともに修理サービスの質自体も高い点が強みとなっています。

会社の成長に合わせて工房を拡大する際に、視覚過敏や聴覚過敏のある従業員にヒアリングを行い、照明の配置や数、音の伝わり方の調整、防音設備などを工夫。全室エアコン完備で、温度も従業員が自分で調整できるようにしました。注意力散漫になりやすい従業員が多いため、作業台を壁にむけた集中しやすい配置にも調整しました。

設備面のみならず、従業員の働き方にも柔軟に対応しています。例えば、10年以上インターンシップを見つけられなかった人を雇用した際は、生活サイクルが他の人とは異なっていたため、午後出勤に調整。本人の生活に合う出勤時間としたことが大きな変化をもたらし、すでに3年半働き続けてくれています。2021年から勤務している自閉症のある従業員も、インターンシップから1年半で大きく成長。店頭でお客様と話したり、電話対応ができるようになったりしたとのことです。

こうした柔軟な調整や困りごとの解消のため、Glad Teknik社では、日常的に従業員の一人ひとりと対話を行っています。日々戦略を話し合い、「意味のあることをする」こと、同時にメルトダウンやバーンアウトを回避できるよう休むことも重視。ニールセン氏は、診断や症状だけでなく、各人の歩んできた歴史を考慮すること、本人を無視して一方的に決めつけないことの大切さも強調しました。

Glad Teknik社は、事業拡大にともなってデンマーク各地に支店を開設し、今や国内の主要地域を網羅しています。視覚障害者の方々が設立したBlind Coffee社への出資、他社との協業・共創など、障害者全体の就労、社会参加支援も展開。同社の取り組みはデンマーク国内外から評価され、多くの人々が視察・見学に訪れています。

「Glad Teknik社は、デンマークのいろいろな企業に取り組みをシェアさせてもらってきた。障害をもっていても、大きな変化を生み出せるということを人々に伝えたい」とニールセン氏は語りました。

「社会の責任」として手をつなぎ合いながらポジティブな障害者雇用へ

シンポジウムで登壇した松門氏は、日本における近年の障害者雇用を紹介しながら、当事者が言葉では語らない潜在的ニーズを理解しようとする姿勢の必要性を伝えました。これは、本人が「大丈夫」「(困っていることは)特にない」と言っていても、能率低下やコミュニケーションの減少などが見られる場合は、何らかの困りごとがあるかもしれないと気づき、理解しようとする姿勢を意味します。

当事者のこのような振る舞いの背景には、「これまで合理的配慮を申し出ても一蹴され、傷ついてきた経験」があるかもしれません。あるいは、「マジョリティの世界に適合しようとしてきたが、うまくいかなかった経験」がある可能性も考えられます。

このような想定が、より効果的な対話につながるということです。

松門氏は、「社会の責任」として複数の企業や支援機関で手をつなぎ合ってセーフティーネットを作っていくことが必要であることを強調しました。

もう一人の登壇者である足立氏は、野村総合研究所の特例子会社「NRIみらい」で障害者雇用に携わってきました。現在、スタッフ込みで179名の従業員がおり、そのうち15名が視覚障害者、10名ほどが精神障害者、100名ほどが知的障害者です。

同社での合理的配慮をめぐる対話では、現場にジョブコーチを配置して社員同士で対等に話し合うこと、社員の能力を一方的に決めつけずに成長に目を向けること、入社時と入社後の育成時など時間軸に合わせて対話のやり方を変えることなどに特徴があります。

「日本の特例子会社は、実は皆一生懸命やっている。一つひとつ見れば海外の事例にも負けないものも持っていると思う。が、その背後にある考え方について、これまで大切にしてきたもの、変えていくものをもう一度考えるといいのではないか」と足立氏は呼びかけました。

【取材協力】
学術振興会・科学研究費助成事業・挑戦的研究(萌芽)「就労定着における障害者と企業との合理的配慮に関する対話プロセス類型化の試み」研究代表者 小澤 温(筑波大学)
筑波大学人間総合科学学術院リハビリテーション科学学位プログラム(共催)
特定非営利活動法人ディーセントワーク・ラボ(共催)

【参考】
特定非営利活動法人ディーセントワーク・ラボ 公式サイト
特定非営利活動法人ディーセントワーク・ラボ「【ポジティブな障害者雇用】障害者雇用における合理的配慮をめぐる対話 -デンマークとフィンランドの実践と調査報告-」|PR TIMES

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