2020/12/28
発達障害者の読書環境改善 読書バリアフリー法とアクセシブルな書籍
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2019年6月、視覚障害者やディスレクシアをはじめとする読書に困難を抱える方々を対象に読書環境の整備をしていくための法律が施行されました。いわゆる「読書バリアフリー法」(視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律)です。
2020年7月14日には文科省大臣および厚労省大臣が基本的な方針を発表。計画の中で特に注目されているのが、「アクセシブルな書籍」「アクセシブルな電子書籍」の拡充です。
基本的な計画の概要とアクセシブルな書籍・電子書籍とはどのようなものなのか、順番に見ていきましょう。
もくじ
パブリックコメントから分かる読書困難者の悩み
世の中には多くの書籍・電子書籍があふれています。しかし、その中で字の読めない方が利用できるものは一体どのくらいあるのでしょうか。
視覚に障害があったり、読字が困難だったりするなどの特性を持つ方は、一般書籍・電子書籍では読書ができない場合があります。こうした方々を読書バリアフリー法では「読書困難者」と呼んでいます。
読書困難者の中には、「視覚障害者情報総合ネットワーク(サピエ)」に登録されている図書を利用する方もいらっしゃるでしょう。登録図書のタイトル数は27万以上ありますから、この数字だけを見れば「結構読める」と感じられるかもしれません。
ところが、その約70%は点字図書。点字が読めない場合、利用できる図書が9万点弱にまで減ってしまいます。しかも半数が文芸書や小説。他のジャンルの書籍を読みたい人にとっては、かなり選択肢が限られていると言わざるを得ません。
「ビジネス・経済」「趣味・実用」といった日常生活や仕事に関連したものは、図書館より市販の電子書籍のほうが充実しています。ただ、これらの電子書籍は障害特性への配慮を前提としていません。
たとえば、一般の電子書籍の読み上げ機能やオーディオブックでは、視覚情報なしに目次から任意のページに簡単に飛ぶことは前提されていません。実用的な本や専門書では特定の情報を知るために開くことが多いのに、目的の情報に簡単にはたどり着けず、非常に利用しにくいのです。合成音声での読み上げについても、読み間違いによって大きな誤解が生じてしまいます。
質を保とうとすると、今度は早さの問題が出てきます。一般の書籍・電子書籍は読書困難者への配慮が不十分のため、音訳など人の手による別形態での製作が必要になります。しかし、その製作をできる人材は決して多くありません。“読書困難者が書籍を利用できるのは発行から数カ月後”にならざるを得ないのが現状は、人材不足が主な原因なのです。
【参考】
「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する基本的な計画」(案)に関するパブリックコメント(意見公募手続)の結果について|e-Gov
令和元年度 視覚障害者等の読書における技術的な課題等に関する調査研究【報告書概要版】|総務省
読書バリアフリー法の基本計画をわかりやすく解説
読書バリアフリー法の正式名称は「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」です。その第7条に基づき、総務大臣・経済産業大臣等との協議を経て、文部科学大臣・厚生労働大臣は「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する基本的な計画(読書バリアフリー基本計画)」を策定しました。
読書バリアフリー基本計画の目的・対象者・期間
読書バリアフリー基本計画を策定した目的は、書籍について、視覚による認識が困難な人にとっての読書環境整備を進めることです。
「視覚による認識が困難な人」すなわち基本計画の対象とする方々とは、
- 視覚障害者
- 発達障害で読字に困難のある人
- 肢体不自由等の障害で書籍を読むのが困難な人
です。基本計画では、これらの方々を「視覚障害者等」と呼んでいます。
基本計画の対象期間は、2020年度から2024年度まで。この期間で、「基本的な方針」にそってさまざまな施策を行っていくことになります。
基本計画の基本的な方針と施策の方向性
基本計画の基本的な方針は3項目に分けて記されています。
<基本計画の基本的な方針>
- アクセシブルな電子書籍等の普及及びアクセシブルな書籍の継続的な提供
- アクセシブルな書籍・電子書籍等の量的拡充・質の向上
- 視覚障害者等の障害の種類・程度に応じた配慮
つまり
- 読書困難者が利用できる電子書籍を普及させる
- 現在あるアクセシブルな書籍を今後も提供していく
- 今より質の高いアクセシブルな書籍・電子書籍を新しく作る
- 読書困難者に対する既存のサービスや図書の種類だけでなく、それぞれの障害特性に応じて利用できるさまざまな形態のものを用意する
という内容です。
これらの基本的な方針にのっとって行うべき施策もいろいろ記載されています。
<図書館関係の施策>
- 視覚障害者等の人々が公立図書館・国会図書館・点字図書館などでアクセシブルな書籍をもっと利用できるようにする
- 図書館の検索システムなどでアクセシブルな書籍等を検索できること、および国会図書館やサピエ図書館で行われているサービスを周知する
- 国会図書館やサピエ図書館で行われているサービスの内容や提供体制等を検討する
- サピエ図書館の館員数を増やし、サピエ図書館の安定的な運営を支援する
<アクセシブルな書籍・電子書籍の製作・普及に関わる施策>
- アクセシブルな書籍・電子書籍等の製作ノウハウを共有し製作を効率化する
- 出版社との協議
- 民間電子書籍サービスの図書館への導入支援
<アクセシブルな書籍・電子書籍用の端末の入手に関わる施策>
- 端末機器等の情報入手支援
- サピエ図書館等のICTを活用した相談・利用の支援、端末機器の貸出
- 地方公共団体による端末機器等の給付
<人材育成関係の施策>
- 製作人材・図書館サービス人材への研修実施
- 点訳者・音訳者、製作者等の養成
アクセシブルな書籍・電子書籍の質や量が向上し図書館などでも利用しやすくなれば、読書困難者の「読書」への抵抗感も和らげられるでしょうし、利用できる情報資源もより豊かになるでしょう。
【参考】
「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する基本的な計画」の決定について|文部科学省
アクセシブルな書籍・電子書籍とは? どこから入手できる?
ところで、読書バリアフリー法の説明で頻繁に登場する「アクセシブルな書籍」「アクセシブルな電子書籍」という言葉は、一体どのような書籍・電子書籍を指しているのでしょうか。
実は、この言葉自体は法律の文面には見当たらず、「視覚障害者等が利用しやすい書籍等」とだけ記載(第二条)。より具体的な記述は2019年に文科省から公表された「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律(読書バリアフリー法)概要」に登場します。
「アクセシブルな電子書籍等(デイジー図書・音声読上げ対応の電子書籍・オーディオブック等)」
「アクセシブルな書籍(点字図書・拡大図書等)」
文科省「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律(読書バリアフリー法)概要」より
読書に困難をもつ方々が利用してきた図書には、点字図書・音訳図書・拡大図書の3種類がありますが、この中で音訳図書から発展してきた「デイジー図書」。現在とても注目されている形態の図書です。
デイジー図書・マルチメディアデイジーとは
デイジー図書は「Digital Accessible Information System」(アクセシブルな情報システム)で製作された図書のこと。世界50カ国以上で採用されている国際基準規格に基づいて開発される視覚障害者向けの図書ですが、その便利さから現在は視覚障害者以外の方にも活用されています。
比較的普及しているのは「音声デイジー」というタイプの読み上げ音声が収録されたデイジー図書。点字図書館や一部の公共図書館で借りられます。再生速度を自由に変えたり、目次から直接章や節に飛んだり、注に飛んだりできるのが特徴です。
「マルチメディアデイジー」と呼ばれるタイプでは、音声とテキストがシンクロして再生・表示されます。読み上げている部分の文字がハイライト表示されるので、「同じ行を何度も読んでしまって疲れる」という特性をもつ発達障害の方にも便利です。図表や数式とのシンクロもお手の物ですし、文字の大きさや行間、色合いなども自由に調整可能。市販の書籍や電子書籍では読みにくいと感じるさまざまな方々に活用しやすくなっています。
【参考】
視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律(読書バリアフリー法)概要|文部科学省
視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律(令和元年法律第四十九号)|e-Gov
アクセシブルな書籍を利用できるサピエ図書館・点字図書館・国立国会図書館など
アクセシブルな書籍やアクセシブルな電子書籍を利用する最も身近な方法は、公共図書館の活用です。たとえば、サピエ図書館、日本点字図書館、国会図書館などがあります。
サピエの公式サイト内にある「サピエ図書館」では、会員登録をすることで数万点の音声デイジーを利用できます。
日本点字図書館では、点字図書や録音図書、録音雑誌を郵送で無料貸出しています。また、東京都に在住・在学・在勤している視覚障害者を対象に、ご本人が所有する活字資料を点訳または音訳してくれるサービスもあります。調べ物をしたい場合の相談も可能です。
国立国会図書館では、障害をもつ方向けの資料やデータを検索できる「国立国会図書館サーチ」があります。来館できない障害者にはデータ送信サービスを提供。他の図書館では扱いの少ない学術文献の録音図書なども利用できます。
マルチメディアデイジーを利用したい場合は、デイジー研究センターによる「エンジョイデイジー」を利用してみましょう。
【参考】
サピエ 公式サイト
点字図書館 公式サイト
障害のある方へ|国立国会図書館
エンジョイデイジー 公式サイト
読書バリアフリー法は知的障害者・発達障害者の読書環境改善にも
読書バリアフリー法は視覚障害者を主な対象として制定されました。しかし、より細かく見ていくと、対象者には読字障害のある方や小さな文字を読みにくい方の読書環境改善も意識されていることが分かります。
書店や図書館に並ぶ多くの書籍や、電子書籍サービスでリストアップされるさまざまな電子書籍の中で、障害者の利用を考えて制作されたものはまだごく一部。読書バリアフリー法は、そうしたアクセシブルな書籍・電子書籍を拡充し、より多くの方にとって使いやすい形の書籍・電子書籍の製作ノウハウを普及させることを目的としています。
拡大図書やデイジー図書、マルチメディアデイジーといったアクセシブルな書籍・電子書籍の製作・普及には、豊かな情報資源からそれぞれの方が必要とする情報により容易にアクセスできるようになるというメリットがあります。利便性の低さが原因で読書から遠ざかっていた方々にとっても、大きな環境改善につながるでしょう。