2025/02/25
「使用者による障害者虐待」2023年度は障害者761人、事例と通報後の流れ
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厚生労働省が2024年9月に公表した「令和5年度 使用者による障害者虐待の状況等」の結果によれば、民間事業所では障害者数761人(16.0%増)、447事業所(4.0%増)で虐待が認められました。虐待が認められた447事業所のうち、過半数を占めたのが従業員数30人未満の事業所です。
改めて、障害者虐待とは何か、なぜ防止する必要があるのか、具体的な事例や取り組み方法を見ていきましょう。
もくじ
障害者虐待とは?障害者虐待防止法での定義と通報義務
障害者虐待とは、障害のある人に対して「障害がある」という理由のみで不当な対応をすること。はじめに、厚生労働省や法律による障害者虐待の定義と、障害者虐待防止法に定められた通報義務についてご紹介します。
障害者虐待の定義
「障害者虐待」と言われるときの「障害者」とは、どのような方を指すのでしょうか。まず思い浮かべるのは「障害者手帳を持っている人」。しかし、法律での規定によれば、手帳の所持は必須条件ではありません。障害者基本法第2条第1号および障害者虐待防止法第2条第1項には、「身体・知的・精神障害その他の心身の機能の障害がある者」であり、「障害及び社会的障壁により継続的に日常生活・社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」と定義されています。
手帳を持っている人はもとより、手帳を持っていない人も法律で保護されるべき「障害者」ということです。
さらに、「障害者虐待」という言葉の定義は、「誰からの虐待か」という点で3つに分けられます。
【法律による障害者虐待の定義】(障害者虐待防止法第2条)
種類 | 概要 |
養護者による障害者虐待 | 障害者を擁護する者による、障害者に対する暴行や正当な理由のない拘束、わいせつな行為、著しい暴言や拒絶的な反応、放置、不当な財産の処分など |
障害者福祉施設従事者等による障害者虐待 | 障害者支援施設やのぞみの園、障害福祉サービス事業等の業務に従事する者による、障害者に対する暴行や正当な理由のない拘束、わいせつな行為、著しい暴言や拒絶的な反応、放置、不当な財産の処分など |
使用者による障害者虐待 | 障害者を雇用する事業主や、事業の経営担当者などによる、障害者に対する暴行や正当な理由のない拘束、わいせつな行為、著しい暴言や拒絶的な反応、放置、不当な財産の処分など |
今回は、3つめにあたる「使用者による障害者虐待」を取り上げます。
障害者虐待防止法の目的と通報義務
障害者虐待に関して直接定めた法律の1つは、障害者虐待防止法。正式名称は「障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律」です。
障害者虐待防止法は2011年6月に衆議院厚生労働委員長から提出され、同日に衆議院で可決。6月17日に参議院で可決成立して、2012年10月1日から施行されました。
障害者虐待防止法の目的は、障害者の権利・利益を擁護することです。これを実現するため、
- 障害者に対する虐待の禁止
- 障害者虐待の防止
- 養護者に対する支援等に関する施策の促進
などを定めました。
障害者虐待に関しては、「通報義務」もよく取り上げられます。通報義務とは、障害者虐待の早期発見によって深刻な事態を防ぐ取り組みの1つ。職場での障害者への虐待は「使用者による障害者虐待」として第22条に定められており、以下のような内容となっています。
【使用者による障害者虐待に関する通報義務の概要】
障害者虐待防止法 第22条 | |
第1項 | 使用者による障害者虐待を受けたと思われる障害者を発見したら、速やかに市町村または都道府県に通報する(義務) |
第2項 | 使用者による虐待を受けた障害者は、それを市町村または都道府県に届け出ることができる |
第3項 | 障害者虐待の通報義務による通報を、刑法の秘密漏示罪になったり、守秘義務に関する法律に違反したりするものと解釈してはならない(虚偽や過失による通報は除く) |
第4項 | 障害者虐待の通報・届出を行った労働者に対して、解雇、その他の不利益な取り扱いをしてはならない(虚偽や過失による通報は除く) |
第22条第1項の通報を行うにあたって、虐待されていると思われる障害者(被虐待者)や虐待していると思われる人(虐待者)の自覚は問われません。被虐待者は、障害特性によって自身が虐待を受けていると認識するのが困難であったり、継続的な虐待による無力感などから虐待があることを否定したりすることがあるためです。
なお、障害者虐待を発見した際の通報義務は、養護者による障害者虐待、障害者福祉施設従事者等による障害者虐待の場合にも定められています(同法第7条、第16条)。
出典:「障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律の概要」(厚生労働省)
障害者虐待の種類と定義、2023年の事業主・上司による虐待事例
障害者虐待防止法では、障害者に対する虐待を大きく次の5種類に分けて定義しています。それが、以下のものです。
【障害者虐待の種類】
- 身体的虐待
- 性的虐待
- 心理的虐待
- 放置等による虐待
- 経済的虐待
それぞれどのような虐待を指しているのか、「令和5年度 使用者による障害者虐待の状況等」で報告された実際の事例とともに見ていきましょう。
身体的虐待
障害者に対する身体的虐待とは、障害者がケガをしたり、ケガをする恐れのある暴行を加えたり、正当な理由もなく障害者の身体を拘束したりすることです。例えば、障害者を叩いたり異物を食べさせたり、監禁したりすることなどが、これに当たります。
身体的虐待とは |
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身体的虐待の例 |
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2023年の事例では、精神障害者が背中を蹴られたり頭部を殴られたり、服を破られたりするなどの虐待がありました。発達障害者の事例でも、上司から殴る・蹴るなどの暴行が報告されています。
性的虐待
性的虐待とは、障害者に対してわいせつな行為をしたり、障害者にわいせつな行為をさせたりするなどの虐待です。例えば、裸の写真やビデオを撮ったり、わいせつな画像を見せたり、性的暴力を振るったりすることが、性的虐待に該当します。
性的虐待とは |
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性的虐待の例 |
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2023年の事例では、知的障害者が上司から抱きしめられたり肩をもまれたり、性的な言動を受けたりした事案が性的虐待として認定されました。一般に「セクシャルハラスメント」と呼ばれる行為を障害者に対して行うと、性的虐待になる可能性が非常に高くなります。
心理的虐待
心理的虐待とは、障害者に対する著しい暴言、著しく拒絶的な反応、不当な差別的言動など、障害者に著しい心理的外傷を与える言動を行うことを指します。具体的には、障害者に怒鳴ったり、拒絶的な反応を示したり、他の労働者と比較して差別的な扱いをしたりすることです。
心理的虐待とは |
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心理的虐待の例 |
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2023年の事例では、知的障害者が事業主から怒鳴られたり、「トイレに行きたい」と伝えた際に恫喝されたりするなどのケースが報告されました。
放置等による虐待
放置等による虐待とは、主に対応すべき状況において障害者を放置することを意味します。障害者虐待防止法における定義であげられているのは、「障害者を衰弱させるような著しい減食または長時間の放置」や、他の労働者による身体的虐待・性的虐待・心理的虐待の放置などです(第2条第8項第4号)。
放置等による虐待とは |
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放置等による虐待の例 |
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2023年の事例では、知的障害者が同僚から差別的発言や仕事を取り上げるなどの嫌がらせを受け、障害者の家族が管理職に相談したにもかかわらず、何も対応が行われずに放置されたケースが見られました。
また、同ケースにおいては、従業員である障害者が施設の利用者から身体を触られるなどの事態が発生し、これを現場の職員や管理職が目撃しているにもかかわらず、それをただ笑って見ているだけで、行為を止めたり注意したりしなかったという点も、放置による虐待と認定されました。
経済的虐待
経済的虐待とは、簡単にいえば障害者の財産を勝手に使ったり、横取りしたり、本来支払うべき報酬を支払わなかったりすることを意味します。障害者虐待防止法では第2条第8項第5号で定義されており、「障害者の財産を不当に処分することその他障害者から不当に財産上の利益を得ること」となっています。
経済的虐待とは |
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経済的虐待の例 |
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2023年の虐待と認定された事例では経済的虐待が8割以上を占めています。最も被害にあった障害者数が多いのは知的障害者の225人ですが、身体障害者(124人)や精神障害者(214人)も多く見られました。
具体的な事案として、
- 身体障害者の賃金について、最低賃金の減額特例許可を得ずに地域別最低賃金から約2割程度低い賃金しか支払っていなかった
- 知的障害者について、本来の休憩時間に就労していた(事業主が休憩を与えなかった)にもかかわらず、その分の賃金を支払っていなかった
- 発達障害者について、早出時間外労働に対する賃金を支払っていなかった
といった事例が、今回の「使用者による障害者虐待の状況等」の結果に掲載されました。
障害者虐待防止法における罰則規定
では、障害者虐待に対する罰則はあるのでしょうか。
まず、障害者虐待防止法の罰則規定は、第8章にあります。これは、市町村や都道府県の障害者虐待防止・権利擁護に関連する業務を委託された者の守秘義務違反や障害者虐待に対する調査・質問の妨害行為等に対する罰則です。
守秘義務違反の場合は1年以下の懲役または100万円以下の罰金が科されます(第45条)。また、養護者による虐待について正当な理由なく立入調査を拒んだり妨害したり、質問にきちんと答えなかった場合は、30万円以下の罰金が科されます(第46条)。
これ以外の罰則規定は、障害者虐待防止法にはありません。したがって、障害者虐待を行ったり通報しなかったりしても、障害者虐待防止法違反で直接罰せられることはありません。
しかし、他の法律の罰則規定が適用される可能性はあります。障害者総合支援法の第111条および第112条では、市町村や都道府県による立ち入り調査等における虚偽の答弁や報告、虚偽の物件の提出をした場合、30万円以下の罰金に処すことを定めています。
なお、障害者虐待行為自体への罰則については、刑法などが適用される可能性があります。虐待の種類と刑法における刑罰の例は、下表の通りです。
【障害者虐待と刑罰の例】
虐待の種類 | 刑罰の例 |
身体的虐待 | 殺人罪(第199条)、傷害罪(第204条)、暴行罪(第208条)、逮捕監禁罪(第220条) |
性的虐待 | 不同意わいせつ罪(第176条)、不同意わいせつ・不同意性交等の未遂罪(第180条) |
心理的虐待 | 脅迫罪(第222条)、強要罪(第223条)、名誉毀損罪(第230条)、侮辱罪(第231条) |
放棄・放置による虐待 | 保護責任者遺棄罪(第218条) |
経済的虐待 | 窃盗罪(第235条)、詐欺罪(第246条)、恐喝罪(第249条)、横領罪(第252条) |
障害者虐待となってしまう事案には、加害者側に「そのつもりはなかった」「知らなかった」ということもあるかもしれません。そうした自体を防ぐには、虐待が起きる前に「何が虐待となるのか」を理解し、日々の業務の中で意識することが非常に重要です。
使用者による障害者虐待を通報したらどうなる?通報先とその後の流れ
冒頭でご紹介したように、障害者への虐待が疑われる状況に気づいた者には、通報義務があります。「虐待を受けている」と感じた障害のある当事者も、自ら届け出ることができます。通報や届出をすることに戸惑いがある場合は、公的な窓口に相談することも可能です。
では、具体的にどこに通報・届出をすればいいのでしょうか。通報・届出をしたあとの流れとあわせて見ていきましょう。
障害者虐待の通報・届出先、相談先
障害者虐待の通報・届出先には、市町村の窓口と都道府県の窓口があります。どちらに通報・届出をしても構いません。市町村の場合は「○○市障害者虐待防止センター」、都道府県の場合は「○○県障害者権利擁護センター」といった名称の窓口になっています。
例えば、東京都や神奈川県の場合、以下の窓口が設けられています。
【東京都・神奈川県の障害者虐待の通報・届出先】
都道府県の窓口の名称 | 公式ページ |
東京都障害者権利擁護センター (東京都福祉保健局障害者施策推進部計画課) |
東京都障害者権利擁護センター公式サイト |
神奈川県障害者権利擁護センター (特定非営利活動法人神奈川県障害者自立生活支援センター) |
神奈川県障害者権利擁護センター公式サイト |
虐待かどうかわからなかったり、いきなり通報・届出をすることに迷いがあったりする場合は、相談窓口に相談できます。
主な相談先は、
- 都道府県労働局や労働基準監督署内の「総合労働相談コーナー」
- ハローワーク
など。総合労働相談コーナーは、障害者虐待だけでなく各種ハラスメントなど労働に関する多様な相談が可能です。
先述した通り、虐待されていると思われる障害者や虐待していると思われる人自身に、「虐待がある」という自覚があるかどうかは関係ありません。「指導」「教育」という名目で無自覚に虐待が行われているケースや、虐待を受けている障害者自身が「虐待を受けている」と認識していないケースがあるからです。
長期間にわたって虐待を受けている場合、被害者は無力感による諦めから「自分は平気」「何もない」としてしまうことがある点にも注意しなければなりません。
通報後の主な流れ
障害者虐待の通報・届出を行うと、その内容は最終的に都道府県から都道府県労働局に報告されます。虐待があったと疑われる事業所への調査で具体的に動くのは、労働基準監督署やハローワークなどです。
これらの機関は、障害者虐待が行われていると報告された事業所で調査を行い、障害者虐待の解消・防止のための具体的な指導を行います。障害者虐待として多い経済的虐待のうち賃金未払いに関しては、事業主に未払い分の支払いをすることも事業主に命じられます。
こうした一連の対応や措置が行われたあとは、プライバシーに配慮したうえで公表されることになっています。
会社での障害者虐待防止に向けたマニュアル作成・研修実施を
障害者虐待防止法では、事業主に障害者虐待防止のための取り組みを定めています。
具体的に実施が求められているのは、
- 労働者に対する障害者虐待防止研修の実施
- 障害者やその家族からの苦情処理体制の整備
- 使用者による障害者虐待の通報・届出をした労働者に対する不利益取り扱いの禁止
などです。
労働者に対する障害者虐待防止研修では、例えば次のような内容での研修があります。
【障害者虐待防止研修の内容例】
項目例 | 概要 |
障害者の人権の理解 |
|
障害者虐待の理解と対策 |
|
障害特性に応じた接し方、仕事の教え方 |
|
メンタルヘルス対策 |
|
2つめの取り組みである障害者やその家族からの苦情処理体制とは、障害のある従業員やその家族が虐待を受けていると感じる場合に、相談したり苦情を申し立てたりできる相談窓口の開設です。相談に応じる担当者や担当部署を決定し、相談内容によっては人事部門などと連携をとりつつ対応する役割を担います。相談窓口の設置後、それを社内で周知することも事業主に求められている取り組みです。
そして厳守しなければならないのが、障害者虐待の通報・届出・相談をしたことを理由に、その労働者に対して不利益な扱いをすることの禁止です(障害者虐待防止法第22条第4項)。例えば、その労働者の解雇や減給、不利益となる人事異動などをしてはいけません。
こうした研修の資料やマニュアルを作成する際は、厚生労働省や自治体の資料が参考になるでしょう。厚生労働省による資料の場合、例えば以下の公式ページにある「その他」の欄からパンフレットやリーフレット(PDF)を無料でダウンロードできます。
また、同ページの「障害者虐待の防止と対応の手引き」の項目では、自治体や障害者福祉施設向けの資料も閲覧できます。用語の定義や基本的な考え方、対応方法など、企業における障害者虐待防止策のヒントを得られるでしょう。
当マガジンでも、障害特性に合わせた職場での工夫、合理的配慮の具体的な事例をシリーズでご紹介しています。現場での業務遂行や体制整備に、ぜひお役立てください。
【参考】
障害者虐待防止|厚生労働省
「令和5年度使用者による障害者虐待の状況等」の結果を公表します|厚生労働省
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